絵描きの日記

考える絵描きの旅の記録や近況報告。

自分の絵を人に売れるようにする具体的な3つのポイント

絵の内容は素晴らしいのに、絵が売れない。


それって、絵を買うという文化が日本に浸透していないこともあるかも知れないけど、作品をつくる側にも配慮が足りない部分があるんじゃないでしょうか?

 

この記事では、絵を描く側から行うことができる配慮として思いつくことを書いてみました。

 

 

 

1.紐をつけよう

まず最低限、作品の後ろ側に、作品を掛けるための紐(ひも)を通しましょう。
話はそれからです。わざわざ購入したのに、飾れないものを家に置きたくないですよね。

 

紙の作品であれば、額やフレームの後ろに。
張りキャンバスや木製パネルの作品であれば、木枠の部分に錐(きり) で穴を開けて紐を通せる金具をねじこみ、紐を通すなどしましょう。

 

考えてみてください。
せっかく思い切って買ったこの世にひとつしかない作品に、壁にかけるため、自分自身の手で上手く仕上がるかも分からないのに錐 でグリグリ穴を開けられる人が一体どれくらいいるでしょうか?
買った瞬間から自分の部屋のデコレーションに使えるようになっていれば、これほどの心配りはありません。

 

錐は安いドライバーセットを買えば大抵入っています。
紐を通す金具にはヒートンなどがあります。ホームセンターにも売っていますし、軽量な作品に用いるのであれば、セリアなどのお求めやすい価格のものでも問題ないでしょう。

 

 

 2.サイズを考慮しよう

個人的には「部屋に飾る場所がないから。。。」と言うのは大抵の場合で本当の理由ではないと感じていますが、本当に、絵の内容はとても気に入ったのに、サイズが大きすぎると感じて手に取れなかった、という場合はあるでしょう。

 

僕自身が住んでるのも日本の普通のアパートなので、そうですね、だいたいFの10号(53cm×45.5cm)を超えたあたりから、作品の値段がお手頃であっても、自分のものにすることを躊躇してしまうかもしれません。

 

10号までならいけるかな、と思います。飾る場所にもよりますが。それと、S10号かF10号かM10号かでもだいぶ印象が変わってきますよね。普段アートイベントや展示をしているときの売れ筋の大きさもやはりSMか、1号~4号くらいと小さめです。

 

そうはいっても自分は大きな作品を作りたいんだ!! という人もいると思います。僕も大きな作品をつくることがあります。もちろん、つくりたいようにつくって問題ありません。

 

ただ、お部屋に飾ってもらいたい、という思いもあるのであれば、作品を作り始める前にサイズについても検討しましょう。

つくる作品に幅があることは良いことです。

 

 

3.丁寧な仕事を心掛けよう

明らかに作品の内容とは関係ないキズがついていたり、ホコリがついていたり、
額やフレームにとても味とは言えないキズ・汚れがあったり、ガラスが割れていたり、
パネルの裏側を見れば端材を使ったとすぐわかる作りだったり。

 

そういうのは、作った側よりも、それを自分のものにしようかどうかを検討している人のほうが、よく目に入ってきます。

 

絵の中身も大事ですが、その状態や、使う枠・フレームも、ひとつのパッケージとしてお渡しするんだ、ということを忘れず心掛けてください。

 

 

・・・

 

 

いかがでしたでしょうか。
他にもあるかと思いますが、大事なことは要するに、作品を買って頂ける人のことを考えて、できる配慮をしましょうということです。

 

絵は音楽と同じで、ジャンルも人の好みも千差万別です。
数ある絵の中で、あなたの作品を気に入ってもらえたなら、それだけで奇跡に近いのです。


だからその絵を、気に入ってくれた人に届けられるよう、できることをしましょう。

 

ではでは。

絵画、パフォーマンス。ジャンルとしてのスプレーアート

まずは(勝手に)言葉の定義~。

 

スプレーで描かれた絵と言うと、多くの方がまず想像するのは一般に「グラフィティアート」と呼ばれるものではないでしょうか。

 

1.グラフィティアート:
反社会的チンピラの示威行為・落書き、さびれたシャッター街の活性化、もしくは街や店舗内のオシャレ度アップなどを目的に、壁面にエアゾール式スプレーを主な手段として描写すること。

 

これがグラフィティアート

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これは落書き

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それに対して、徐々に世界で広まりつつあるのが「スプレーアート」です。

 

2.スプレーアート:
作品として残すことを目的に、持ち運びが可能な紙などの平面、もしくは道具などの立体にエアゾール式スプレーを主な手段として描画すること。

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落書きではなくて、ひとつの作品をつくるためにスプレーの特性を活かしたアートがスプレーアートというわけですね。さらに、一言でスプレーアートと言っても、よりパフォーマンス重視で、「魅せる」ことに重点を置いた活動をされている方も多く居られると思います。

 

3.スプレーパフォーマンス:
作品の制作風景そのものをエンターテイメントとして観客に見せることを目的に、エアゾール式スプレーを主な手段として描画すること。

 

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「スプレーアート(またはスプレーペイント)」という言葉は多く場合、この2.と3.をひとまとめの意味で使われることが多いように思います。しかし、僕が思うに、この2.と3.はかなり要求されるスキルが違うんですよね。

 

例えば僕は、もともと水彩や鉛筆・ペン画、CGなどで絵を描くのが好きで、スプレーアートを始める前は、友人の結婚式のウェルカムボードを上手く描くためにひたすら友人二人の写真を見ながらデッサンを繰り返したり、自作のアクション漫画を描いたり、旅に出ればその先の風景を描いたり、毎年画風を変えてその年の干支を年賀状に描いたり、「絵」というものには昔から関わってきたのです。なので、2.の意味で作品を作り上げるためのスプレーアートを行うスキルはそれなりに備わっているのだと思います。
余談ですが先日、原宿のデザインフェスタギャラリーで行った展示会では、元絵描きさんだという年配の来場者の方に「そういった基礎があるから表現が広がるんですね~」と言われたのがとても嬉しかったです。 え? はい、自慢です。


しかし3.の意味のように、スプレーを使ってパフォーマンスをせいと言われると、これがなかなかどうして、何をどうやったらいいのかさっぱり分かりません。

今年の春、オーストラリアで許可証をもらって路上パフォーマンス(いわゆるバスキング、日本語でいえば大道芸)を行ったときには、街を行き交う多くの方に観てもらいましたし、とても充実した活動ができたのですが、しかし実際にはBGMすらかけていないし、僕自身は集中すると周りが見えないタチなので、およそ「パフォーマー」としてのレベルは低かったと思います。
(それでも興味を持って声をかけてくれるんだから、オーストラリア人の日々の精神的な余裕、人生楽しんでる感、自分から楽しもう感、そして面白そうなものへの壁の低さは平凡な日本人男性の僕から見たら羨ましいことこの上ありません。)

 

SNSでお知り合いになった東京都公認アーティストで、たまに活動について談義させて頂くこともあるスプレーパフォーマーのファイターさん(すみません、勝手にブログに書かせて頂きます)のSNS上での言動を見ると、作品の画面上で結果的に同じ表現となる場合であっても、「こっちのほうが描いている風景の見栄えがして盛り上がる」とか「早い」「タイミングが合う」とかそういったことを考えて画法を追及されていることが分かります。

 

俺なんかぜーーーったいそこまで考えながら絵を描くのは無理です。どちらかというとじっくりと、画面上の様子を見ながら制作を進めるのが僕のスタイルなので、作品を描いてる風景はとっても地味です。(YouTubeのAKI SPRAY PAINTチャンネルをご参照ください。)


周りからどう見えているかとか、盛り上がりとか、ここがサビですよ、なんてことは一切考えてません。いや、考えられません。

 

よく展示会とかフリマに出ると、「今日は実際にパフォーマンスはしないの?」なんて一回は必ず聞かれるんです。けど、「絵を描くこと」と「パフォーマンスをすること」はだいぶ違う話なんですよ。同じなのは、スプレーを使ったアートだということだけで。

 

おしまい。

 

自己紹介。AKIとはこんな人間です。

僕は子供の頃から絵を描いたり、工作するのが大好きです。

 

小学校低学年のときにはドラゴンボールの悟空やドラゴンクエストの勇者を描いて友達におだてられたり、ポッキーなどのお菓子の箱で大型トラックを作って地区のコンクールに入賞したりしていました。(入賞理由は「子供らしい」作品だから)

 

クラスで多少、ものを作るのが上手い子って居たと思います。僕もそんな感じでした。友達にも大人にも褒められるので、成長して他の子供があまり絵を描かなくなっても、描く作業や何かを作る作業を続けていました。

 

 

中学生になると、それまで漠然と持っていた「漫画家になりたい」という夢を真剣に考え始めます。

 

その頃影響を受けていたのは、同世代の多くと同じく、少年漫画でした。 

鳥山明ドラゴンボール)や井上雄彦スラムダンク)の作品を見て、なんで白と黒の線だけであんな世界を構築できるのかと感動して、絵の魅力に取りつかれていきました。

 

 

その後、ストーリーをつくるほうの才能は自分には無いなと悟り、漫画家というよりは絵そのものを描き上げる「イラストレーター」のような仕事に興味が移っていきました。

 

しかし漫画を描くにしてもイラストにしても、僕が中学生時代を過ごした90年代後半の日本は、後に「失われた10年」「失われた20年」と言われる不況の真っただ中。

「1999年7の月」で有名なノストラダムスの大予言が持てはやされたり、とにかく、僕の中学時代の日本というのは、ものっすごい雰囲気の暗い世界でした。もういっそ予言の通り世界がぶっ壊れてくれ、と多くの人が思っているような。音楽も漫画も映画も世紀末的な、退廃的なものが多かったように思います。

 

中学生の時分でTVから流れるニュースの全てを把握することはできなかったけど、この世界が暗い、安心できない世界であることは感じていました。

それに加えて、自分が夢を見てしまった漫画家やイラストレーターなんてのは皆さんご認識のとおり、そもそもごく一握りの人間しか成功して稼ぐことはできません。名乗るのは自由だけど、それ一本で生活するなんて成り立たないことが多い職業です。

ダメだったときに一人で自立して生活する術があるのか?

絵を描く仕事にも就きたいけど、自立できないのも嫌だった。親に迷惑かけたくない。

 

だから中学生ながらに、何か仕事に繋がる資格を取っておこうと考えたんです。

手に職ついてりゃ不況にも強いだろう、と。

絵描きはダメでも、食いっぱぐれることはないだろう、と。

 

幸い、数学は得意とは言わなくても割と抵抗がなかったし、小学校のクラブ活動はパソコンクラブでクラブ長だったし、100分の1ミリの加工精度を出す職人気質な世界に漠然とした憧れもありました。それと、機械に実際に触れて仕組みを理解することは将来自分でSF作品を描くときのためになるかも、なんてことも考えていたように思います。

そういうわけで、何かしらの技能士を目指して専門的な勉強が出来るよう、進学先の高校は普通科ではなく、工業系の学科を選択しました。

 

あくまで自分の中の核になるのは「絵を描くこと」でした。

ところが高校の電気の授業で、ダイオードの整流作用がどういう理屈で起こっているのかを学んだときに「へ~面白い」と妙に納得してしまったところから少し人生の道筋が変わります。

ちなみに電気工学や電子工学というのは興味のない人には本当に取っつきにくい学問で、ダイオードの話も割と生徒の人気が薄い授業で行われていたのですが、僕は「仕組み」を考えることになんだか妙にハマってしまい、せっせとノートを取っていました。

 

そうして、もともと自分の夢を叶えるための腰かけくらいに考えていた工学をもっと学ぶため、大学も工学部へ進んでしまいました。僕の高校は工業系以外にも、例えば調理師やファッションデザインなど、様々な専門の勉強をして卒業後には就職する人が多い学校だったので、急に大学行きたいと言い出したときは親も面食らったと思います。

 

大学では生活のメインを工学の授業に費やしながら、一方で部活動に美術部を選択しました。やっぱり絵を描くことが好きなのは変わらなかったので。

ついでに言うと、工学部というのは男ばかりで非常にむさ苦しい所なので、華やかな雰囲気のする美術部なら女の子もいるんじゃないの、なんて淡い期待をしていたのですが、そもそも工学部に在籍する女性の少なさを甘く見ていたため、異性との出会いは叶いませんでした。(工学部しかない大学だったこともあり、僕が4年間に大学関係で知り合った女子学生は2人だけでした。)

彼女をつくるためだけにファミレスでバイトをしました。

 

美術部の活動は楽しかったです。今でも当時のメンバーとよく飲みに行きます。

僕と同じように普段は美術とは違う勉強をしつつ、自身の表現の場を求める人が多くいました。

この大学の美術部というのは、特に油絵をやらねばならない、ということはなくて、定期的に行う展示会やイベントに参加すること以外は、何をしていても、何を企画しても良いというルールで、例えば機械工学科には空き地で金属を溶かして鋳造することによってシルバーアクセ(のようなもの)をつくる奴がいたし、情報系の先輩は作曲することを美術と言い張っていました。(軽音楽部は別であったのですが)

 

そういう環境だったので、今の僕には、「絵を描く」ということも単なる「ものづくり」の手法のひとつという認識があります。

何かを作る、デザインするという意味において、絵を描くことと、電子回路を組んだりロボットを作ったりすることを僕の中では同一視している部分があるのです。まぁ、これはあんまり理解されないのですが。

 

今、僕が手掛けているスプレーアートは、描き始める前の段階が重要な手法です。CGグラフィックのように層(レイヤー)を想定して、どのような順番で描き始めるかを決めるのですが、CGグラフィックのようにはやり直しが効きません。画面に吹き付けられるスプレーの飛沫(しぶき)は毎度違うし、他にも制作中コントロール出来ないことはいくつかあります。そのため事前の準備が大事になってくるというわけです。

僕はそこに、プラモデルのように絵の構成を「組み立てる」面白さを見出しています。僕にとって、絵を描くこととプラモデルを仕上げることは、作業の楽しみ方としては同じなのです。もちろん、完成品の設計図は自分が創り出している、という点で大きく違うのですが。

 

大学卒業後は世の中に関わるものづくりに携わりたいと、製造業へ就職し、縁もあって、クリーンさと高品質が要求される半導体業界の顧客に対して品質保証を行う仕事に長く就くことになりました。

絵は、しばらくは趣味の範囲で描いていて、友達の結婚式があればウェルカムボードの作成を引き受けさせてもらったり、旅に出ることがあれば風景を水彩でスケッチしたりしていました。年賀状も干支を描く手法を毎年変えたりして楽しんでいました。

 

スプレーアートを始めたのは昨年2017年の春頃からで、以前にYouTubeで見た海外の路上パフォーマーを真似してアパートのベランダで実践してみると、思ったより上手いこと描けた、というところからじょじょにハマってしまい、スプレーアート特有の制作スピードの速さも相まってトライ&エラーを繰り返し、年末には趣味の範囲を超えてガチになるに至った次第です。

 

たまに、スプレーを選んだことに何か理由はあるのか?と聞かれます。

一番の理由は出来上がる仕上がりが面白いことです。スプレーという道具があるからこそ可能な飛沫(しぶき)の具合や、すぐに乾くために比較的簡単に作れる層(レイヤー)構造。そういったもので可能な表現、出来上がりを掘り下げることにハマっている最中なのです。

 

僕が今スプレーを使ってよく描いているのは、現実のようで現実ではない風景で、それは自分の中に古くから、子供の頃から今に至るまでに触れたフィクション作品や旅先の情景をまとめて発露したものです。しかし、例えば水彩や油絵のように、筆を使った手法であったら、全く同じものは作っていないように思います。

スプレーだからこそできる表現を楽しんでいるところなのです。

見れば三文の得展 展示会をして気づいたことや、レンタルギャラリー探し

8月末はTwitter繋がりのかずさんいぶかさんとの三人でグループ展、見れば前向きな気持ちになれる「見れば三文の得」展を開催しました。

楽しかったーーー。今年の相変わらずの酷暑の中、お越し頂いた皆様、本当にありがとうございました。

 

 

やっぱり直に人の反応が見れるのはとても参考になりますね。色々と作品自体をご覧になられて感じたことや、作品の装飾についてリクエストを頂けると、よりお部屋に飾りたくなるような作品の制作に繋がると思うので、とてもありがたいことです。

 

今回、併売しているポストカード以外に、原画の作品数としては計5点お持ち帰り頂くこととなりました。こんな風にどんどん、「絵を売る」そして「絵を買う」という行為が自然のこととして受け入れられていったら良いなと思います。

 

 

 

 

展示を優先するか、買ってくれた人を優先するか

 

実際やってみて、色々と気づいたことがありましたが、作品のお渡しについても一つ課題が見つかりました。

一番大きな作品だと1メートル以上のものを展示作品として用意していたので(それくらいになるとそうそう売れるとは思っていませんが)、今回の展示では作品をご購入頂いた際には住所を聞いて後で搬送しよう、なんて考えていたのです。何よりそのほうが、どの作品も展示期間の最後まで見て頂けますからね。

 

そのため、まともな包装袋を用意していませんでした。これまで、青空で行うフリーマーケットなんかでは包装袋を用意していたのですが、今回はゆっくりと見て頂く展示会なので、最後まで展示しよう、展示したい、という気持ちがありました。

 

しかし、小さな作品(20~30センチくらいの作品)の場合は、その場でそのまま手渡しするほうが、(販売する側の自分に包装・輸送の手間や費用がかからないのはもちろん、)購入する側のお客様にとっても圧倒的に楽ちんなんですよね。住所書かなくていいし、持ち帰ってすぐに部屋に飾れるし。

なので、展示期間の最後まで置いておきたいという気持ちもあったものの、絵を気に入ってくれた方の利便を優先して、作品はその場でお渡しすることにしました。

 

ただ先述の通り、まともな包装を準備していなかったので、見てくれの悪い袋でお渡しすることになってしまった作品があるのは後悔する点でした。自分の気持ちも大事ですが、販売するにあたってはもう少しケースを想像して配慮ができたかな~と思った出来事でした。

 

 

 

 

展示のためのレンタルギャラリー探し

 

今回の展示は新中野駅から徒歩2分のところにあるギャラリーミワ様で行わせて頂きました。

 

グループ展を行うためのレンタルギャラリー、レンタルスペースを探すにあたっては、三人で会議(という名前の飲み会)を重ねていたのですが、高い料金を出せば選択肢は広がるけれど、どこかリーズナブルで条件も良いところはないだろうかという話をしていました。

 

下表は、都内で一日あたり1万円未満というとても手が届きやすい価格で借りることができるレンタルギャラリー、またはレンタルスペースをリスト化したものです。飲み会(会議)にあたってざっと調べたものですが、もし自身で創った作品を展示したいと考えておられる方は、良かったら参考にしてみてください。

 

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※書いてある情報は全て18年3月以前のものです。また、転記ミスや認識間違いが含まれている可能性もありますし、内容を保証するものではありませんのでご承知おきください。

 

ちなみにGALLERY KAZANEさんが(参考)となっているのは、3人を含めたメンバーで2月末にそこで展示をしていたからです。

 

こうして表を作ってみると、リーズナブルな価格という条件で探しても、意外と場所はあるんですよね。けれど、スペースだけあったって、お客さんが来てくれる所でなければ仕方がありません。

これは価格に関係なく、高いところも同様ですが、レンタルギャラリーやスペースっていうのは、実際調べてみると誰にもわかりづらい住宅街の真ん中にあったり、特定の常連さんしか来ないだろうと思われるような場所にあることが多いんですね。

 

たくさん人を呼べるのも絵描きの実力だろうって考え方もあるかも知れませんが、スペースを借りて料金を払う側としてはそれでは納得いきません。もちろん今の時代、自分たちでもSNS等で告知をしますが、お金を払う以上、ある程度の集客が見込める場所でなければ。

 

価格が高くて集客も見込めないとか最低最悪ですよね。

その割に、レンタルギャラリーやレンタルスペースのWeb情報を調べても、「どれくらいの集客が見込めるか」ということについて書いてある所は少ないように思いました。

 

「ショッピングモールに隣接しているので足を運ぶ人が多い」とか、

「老舗なので毎回展示を楽しみにしている常連客を数十名見込める」とかね。

そういうアピールポイントがあれば書けばいいのにと思うんですけどね。

アピールポイント無いんですかね。

 

(もちろんあまりにも嘘だったら信用なくすだけですけどね。) 

 

 

そんな中見つけたギャラリーミワさんは価格がリーズナブルなことに加えて、場所が大通りに面していることと、開放的でお洒落な玄関が飲み会会議での決め手となりました。

 

ギャラリーミワ様

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Googleストリートビューで見たギャラリーミワ様

大通りのとても開けた場所にあります。

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 おかげ様で近隣の方々にも興味を持って頂いた多くの方にご来場頂きました。

また何かの機会にはお世話になりたいものです。

 

 

 

 

P.S.

 

明日9/8は八王子の手仕事アートマーケットに参加します!

お時間ある方はぜひ。

http://www.abbey-road.net/

自分でアートを買って気づいたこと色々

先日、絵を購入しました。

 

買った場所は神奈川県の横浜市保土ヶ谷にあるAPG free styleさんというギャラリーで、一階の居酒屋カウンターに飲みに来たお客さんが二階のギャラリーへ自由に、そして気軽に観に行けるという独特のスタイルのお店です。

 

そこに展示されていたadeu(あでう)さんの作品を買いました。

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普段は自分が描いた絵に値段を付けて売っているわけですが、どこかで他の方が描いた原画を買う経験をしたいな、とずっと思っていたのです。
adeuさんのその作品は最初に観たときにもとても惹かれた印象が残っていて、2、3度通っているうち、自分の部屋の中に飾っている風景がふっと頭に思い描かれたのをきっかけに、購入を決めました。

 

 

 

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購入したadeuさんの作品。

 

可愛らしい女の子がメインで結構ガーリーな感じなので、30過ぎたおっさんが買うのは多少ためらいもありましたが、画面全体にほとばしるダーク・ファンタジーさ加減は、ナイトメア・ビフォア・クリスマスやシザー・ハンズ、スリーピー・ホロウなどのティム・バートン作品全般が好きな僕にとってとても惹きつけられるものがありました。

 

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作品名は-Heavens-。
この作品、実際手に取ってみると、絵そのものがキャッチーなのはもちろんですが、細部にわたり、購入した側にとってありがたい配慮が随所に見られます。

 

まず、作品自体は木製パネルに張り付けられた紙に描かれていて、側面は黒色でテープ張りされているのですが、その仕上がりが超丁寧
絵というより、工芸品(アーティファクト)を手にしている気分。

買った側としては、こんなところで満足感が跳ね上がりますね。

 

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そして裏面にはヒートンがねじ込まれ、ヒモが通されています。絵を買った側は壁に画鋲ひとつ刺せば好きなところに飾れる仕様になっているわけです。

 

↓ヒートン。ヒモを通す金具です。

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これ、「なんだそんなこと」って思う人もいるかも知れませんが、意外とこういう配慮が出来てない絵描きさんもいるんじゃないでしょうか。ヒートン付けるには作品に穴を開けなきゃなりませんが、いくら自分でお金を出して自分の所有物なったからといっても、せっかく買った絵に穴を開けられる人はそうそういませんからね。
買った時点ですでに簡単に飾れる状態になっている、というのはとても重要なことなのです。

 

 

置き場所はどうするか。せっかく買ったのに飾らないわけにはいきません。

僕のアパートには少し大きめのクローゼットがあるのですが、色々検討の末、作品はそこに置くことにしました。なんとなく、買ったときにイメージをした場所なのです。


クローゼットの壁はもともとこんな配置でしたが、

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ちょっとずらしてこんな感じにしました。

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暖色系の明かりがマッチしてるよね。(自己満足)

 

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作品自体も素晴らしく、毎朝ネクタイを締めるたびに目に入ってニヤニヤしながら癒されていますが、加えて購入の決め手になるポイントが随所にある作品でした。
自分の作品作りにもぜひ活かしていきたいと思います。

 

ではでは。

 

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P.S.

 

以前から告知していたグループ展が明日から始まります!

お時間のある方はぜひ(*´꒳`*)

 

日本にはアートの文化がない。なので作ろうと思う。

日本にはアートの文化がない。

何をアートと捉えるかによっても話は変わるかもしれませんが、少なくとも一般の人には(文房具や家具などの生活品のデザインを楽しむということは除いて)純粋に「アート作品を買う」という文化が根付いていません。

これを証明するには周りにこんな質問をするのが良いと思います。

「これまでに絵を(特に10代、20代で、投資目的を除いて)買ったことがありますか?」

YESと答える人は、ほぼいないでしょう。
僕なんかの作品を買ってくれる人もいるし、最近は増加傾向かも知れませんが。

そんなの日本だけなのか?と思う人もいるかも知れません。
僕自身の少ない経験で言えば、今年訪ねたオーストラリアの路上で僕の絵を買ってくれた人の中には、学生さんのような若い年代も多くいました。(もちろん年配の方も多くいました。)

 

彼らは初めて会った顔も名前も知らない旅行者が描いている絵に興味を持って、自分が気に入った作品を見つけたときは、日本円で2~5千円ほどの値段で売られていたその作品の代金を支払い、それを手に笑顔で去っていきました。

 

ある中高生くらいの少年は、30ドル(2400円くらい)の作品が欲しいんだけど、手持ちで20ドルしかないと言うので「有り金全部置いてきな」と言って渡したら、なんとわざわざ一度家に帰り、追加で10ドルを持ってきてくれました。

マジイケメン。オーストラリアの未来は安泰。

 

子供のお小遣いの金額はおそらく、日本とそこまで変わらないと思います。

オーストラリアでは外食するときの物価はとても高かったですが、スーパーなどに売っている果物や肉類はむしろ日本より安いんじゃないかというくらいでしたので(AKI調べ)。

 

行く前には想像できなかったくらい、「自分が気に入った絵を買って、自分の部屋のデコレーションに使う」という行為が、ここではティーンエイジャーの頃から自然なことなんだと感じたものです。

少なくとも日本には、そうやって絵を買って部屋に飾ることを純粋に楽しむ、という習慣が多くの人に広まってはいません。(いらっしゃるけど、まだまだ希少です。)

何故か。よく言われるのは、日本の家屋は狭くて飾る場所がないからだ、ということみたいですが、影響としては皆無ではないかも知れないけど、それはおかしな話です。
家族や孫の写真、学校でもらった表彰状、アイドルやスポーツ選手のポスター、アニメのフィギュアは、普通の家庭にもずらっと並んでいたりするじゃないですか。絵画やディズニーのジグソーパズルなんかもありますよね。つまり物理的なスペースがないってことはないはずです。

そうやって飾られているものの共通点を考えると、多くは印刷・複製されたものです。
複製されたものはいくつも飾るのに、アーティストらの描いた原画、「固有の絵」を飾るという習慣はないわけですね。



何故なんでしょうか?

 

自分が良いと思った絵でも、本当に良いか分からないから、多くの人が認める有名スポーツ選手や人気のアニメのポスターを飾っていたほうが安心?

 

もしくは、

絵なんて高価なもの、貴重なものだから、日常生活をする場所には置きたくない?

 
・・・仮定の話しかできないのですが、実は今書いたこの2つは、絵描きとして活動している際に僕が普段から現実に感じている印象から来ています。

 

言い直すと、こうです。 

 

 

日本では、


1.絵は「よくわからないもの」だと思われている

日本人は「自分が好きかどうか」より「世の中的に正しいかどうか」を優先する人、つまり、世間的にどう見られるか、を気にする人が非常に多いです。

世間的に見て、良いかどうか「よくわからない」。

 

先の仮定の話で言うと、

 

自分が良い(=自分にとって価値がある)と思った絵でも、本当に良い(=世間にとって価値がある)か分からないから、多くの人が認める有名スポーツ選手や人気のアニメのポスターを飾っていたほうが安心。

 

・・・

 

どうですか。絵を買う文化がない根本原因として、ありそうじゃないですか?

 

 

もうこれは、どんなに訴えても変わることはない日本人全体の特性だと思います。

だからひとつのアクションとして考えられるのは、「絵を買うって全然普通のことだよ、みんなやってるよ」という認識を広めることだと思っています。

 

様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか?
アメリカ人に「今飛び込めばあなたは英雄ですよ」
イタリア人に「美女たちも泳いでいますよ」
ドイツ人に「規則ですから飛び込んでください」
中国人に「金塊が沈んでいるそうですよ」
日本人に「みなさんもう飛び込んでいますよ」


2.絵の価格が高い(もしくはタダ同然かの両極端)

日本では、絵に興味があったとしても、それを手頃と思える値段で買える場所があまりに少ないです。なくはないけど、少ない。毎週末やってるアートイベントとかあってもいいのに。

 

絵を手に入れるというと、多くの人の選択肢は、デパートの最上階でうん万円で売られているものを買うか、友達の絵がうまい人にタダもしくはタダ同然で描いてもらうか、といった両極端なものしかないのではないでしょうか。

 

そもそも販売している絵画を見る機会がないし、あっても一番安いもので数万円から始まるのが基本。気軽に手が届く範囲で触れることがないから、結局は「よくわからないもの」のまま終わってしまう。

 

以前にも書いたことがあるのですが、アートの裾野を広げるためには、もっと中間層が必要だと思うのです。

 

https://akiartworks.hateblo.jp/entry/2018/07/02/204314

なんだろう。基本、高いですよね、日本で買える絵って。
絵を手に入れようとすると、すごーーーく高いか、友達や兄弟で絵が上手い人にタダ同然で描いてもらうか、そのどちらかしか選択肢がないように思います。多くの場合。

 

 

 

3.絵を提供する側は何をすべきか


この2つを課題と捉えたときの「絵を描く側、提供する側は何をするべきだろうか」というアクションについて自分の考えを書いていきたいと思います。

近所で週末に開催されているアートマーケットに行き、気軽に絵を買って部屋に飾る。
そんな習慣が、日本でも定着すれば、素敵なことだと思いませんか。

そんな世界(いや、日本)を目指して。。。



課題1.絵は「よくわからないもの」だと思われている

アクションA.どんどん露出する

まずは見てもらわないとなんにもなりません。

どんな美しいものでも地中に埋まっていたら誰も見ないのです。

 

しかし現実問題、人通りの多い場所に無断で絵を並べるわけにもいかないし、レンタルギャラリーなどで場所を確保しようとすると高い場合が多いですね。そもそも人が来るかもよくわからないのに、絵を提供する側の負担が大きい場合があったりもする。

人通りが多い場所にあって、リーズナブルなレンタル料で提供してくれるスペースを探すのは、とても大変です。

 

許可を取って絵を並べることができて、人通りも期待できる場所。
おすすめは、ものつくり系の人も参加するフリーマーケットです。

 

まず安い。その割に色んな人に見てもらえます。話もできます。
でも都内ですら、良くて月に一回くらいの頻度でしかやっていません。(僕が探せていないだけかもしれませんが。)
結構たくさんの人とコミュニケーションが取れるから、もっとどんどん広まっていってほしいですけどね。


ヨーロッパやオセアニアだと、アートマーケットというのは地元の人にとってメジャーな存在だそうです。引っ越し祝いに限らず、ちょっとした気分転換や、部屋の模様替えに、近所のアートマーケットに出向く。そんな風土が、日本にもあったら。。。

 

いっそ自分で開くかな。

 

 


課題1.絵は「よくわからないもの」だと思われている


アクションB.自己紹介や説明をたくさんする

「自分はこんな人間で、どんなことを考えてこの作品を作っているのか」というアピールをすること。それによってあなたの作品には付加価値が生まれます。

 

買う人にとっては、手に取っている作品が、

「赤の他人が描いた不明物」から

「運命的に知り合った絵描きによる考え抜かれたアート作品」になります。


美辞麗句を並べろというわけではありませんが、自分の正直な言葉で、自分や自分の作品について適切な紹介をしましょう。

 

こういうストーリーや衝動を背景につくった作品なんですよ、それを私が使うこんな技法で表現したからこんな仕上がりになるんですよ、だからこの価格なんですよ~、という説明はあったほうがいいでしょう。

アーティストだって、仙人のような浮世離れした存在ではなくて、社会の一員です。
お金と時間をかけて作品をつくり、独自の価値あるものとして社会に提供する。その中で、具体的に自分がどう社会に関わっているのか、一定以上の説明をする必要が絵描きにもあると思います。


何故なら、うさんくさいものと感じるものには、誰も関わろうとしないからです。



課題2.絵の価格が高い(もしくはタダ同然かの両極端)

アクションA.適正な価格を模索し続ける


正しい価格なんて結局誰にもわからないし、作品によるのは確かです。
イベントなどでお会いした絵描きさんとこの話題に触れると、皆さん価格設定にはとても悩んでいることがよくわかります。


難しいですよね。明確な基準はないし、答え合わせもできない。ポストカードやグッズならまだしも、一点モノの絵がしばらくの間売れないからといって、その価格設定が間違っているとも言い切れない。

 

アート作品だって、需要と供給が一致できる場所で取り引きされていかなければ、ずっと売れない、滞留したままなのは、他の世の中に出回っている多くのものと同じなはずです。


ただ、下限側から話をすると、少なくとも作家のモチベーションが続かないような価格設定をしてはいけません。
それをやると続かないのは目に見えてるからです。画材代、場所代、自分の費やした時間などを考慮して、赤字設定にだけはしないようにしましょう。立ち行かないほどの安売りをして、迷惑するのは他の作家です。

 

赤字にしてはいけないけれど、では利益はどれくらい乗せるべきだろうかというと、これもあんまり欲にかられ過ぎてはいけません。

 

バブル崩壊後、「失われた10年」と言われていた不景気がいつのまにか20年になり、そろそろ30年です。ちなみに僕は33歳です。

 

日本人の財布の紐は、とても固いのです。

日本の物価は先進国と比べると安いけど、日本人の給料も安いですから。

物価は安いので先進国から来た観光外国人にとってはお得な国ですが、現代日本人には生活にも心にも余裕がありません。

そういうことも念頭において価格設定すると良い。。。かもね?

 

きっと、一度20ドルで買い取ったものに追加で10ドル持ってきてくれる人は、日本にはいないでしょう。この日本の雰囲気をぶち壊してくれる魅力的なアーティストさんはどこかにいませんかね。(他人事)

 

 

 

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最後にひとつ。

絵描きは、人を楽しませることを考えるべきだと思います。

 

評価を気にして創作活動をするほど自分がつまらないことはないので、売れる方向に寄せましょうとか、評価を考えながら作りましょうとかいうことではありません。

 

作品自体は、あなたのやりたいこと、主張したいことによって形作られたはずです。

それをもっと、人に伝える工夫をしてみませんか、ということです。

 

 

映画グレイテスト・ショーマンのエンドロールに流れる言葉

「最も崇高な芸術とは、人を幸せにすることである」

 

芸術とは何かということについては人によって様々な考えがあると思いますが、僕はこの言葉にとても共感しています。(映画を見た印象によってこの言葉自体の解釈も変わってきそうですが。。)

自分の出来ること、得意なことで、人を幸せにするためにはどんな方法があるのか? それを常に考えていきたい。

 

どうも日本にいると、絵描きというのは特別な存在みたいな印象を持っている人が絵描きにも絵を見る人にも多い気がします。でも、アートをする人間が、必ず浮世離れしていたり、社会不適合者だったり、特別である必要はないですよね。

「特別な存在」だと感じるということは、やっぱり日本にはアートがまだまだ普通の人の生活に馴染みのないものだという証拠ではないかと思います。

 

絵描きも社会の一員です。

社会の一員ということは、人と繋がっているということです。


まずはあなたの目の前の、あなたの手の届く人を相手に楽しませてみませんか。

 

いつもよりずいぶん長いエントリになってしまいました。

 現場からは以上です。

繋がる時代にできたギターペイント

7月は絵の展示会など出展するイベントの予定はなく、中旬には海外出張があったりして、あんまり絵描きとしての活動の進展はないかな~なんて思っていたのですが、そうでもありませんでした。

 

夜、出張先のホテルでくつろぎながらぽちぽちスマホをいじっていると、Facebookで繋がっている友達のある投稿が流れてきました。

ちなみに、特にスプレーアートを始めてから世界中でFacebookの「友達」が急激に増えていまして、現在の「知り合いかも」リストの中には、お互い顔も知らないのに共通の友達が50人、なんて人がざらにいます。

アートの輪、恐るべし。で、流れてきたのも友達として繋がっているどこかの国の絵描きさんの作品だったのですが、それがなんとも鮮やかなギターペイントでした。

 

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かっこいい~~~~。

 

俺もやってみたい!!

 

すぐに影響を受ける僕はさっそく格安でギターを手に入れる手段を模索。

 

昔手を出して遊んでいたエレキギターは売ってしまったし、実家にあった確か母親が使っていたという古いアコギ(アコースティックギター)も俺はもう要らないと伝えてしまった。たぶん捨ててるはずだ。くそぅ、断捨離なんて考えはクソくらえだ。こうやって予想できない流れで後から必要になるものたくさんあるじゃないか。なんて一人でイライラしながら検索していると、ジモティーで自宅から車ですぐの場所に不要になったアコギを格安で売ってくれている方を発見。

 

これも運命のお導きとさっそく交渉。成立。

出張から帰った当日、その足で受け取りに行きました。

 

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ゲットしたアコギ。

 

とりあえずやってみる、というのは僕の基本路線です。

そうしないと何が足りないのかがわかりませんからね。

フットワークは人より軽いほうなのかも知れません。けど何より、こういう時はこんなにも気軽に、どこででもネットへ繋がれる時代になったことに感謝です。

 

僕が別の絵描きさんに影響を受けたり、アコギを買う約束を取り付けたりしていたのは、全てインドネシアの地方都市のホテルの一室ですから。

 

 次の日、区役所に申請して借りられるレンタルスペースにて、他の作品と一緒に制作を開始。飛行機に乗っていた時間が長かったので、少し辛かった。

 

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 うーん、出来たはいいけどなんかいまいち。

 

というわけで塗り直し。

 

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こんな感じかな。

 

あとはこの上に何かモチーフを入れたいけど、さてどうするか。。。

 

(↓スマホのペイント機能を使って考え中。)

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 うーん。。。

 

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 まぁこれくらいがいいかな。

 

よし。

 

 

 

完成~~~~。

 

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 という感じで出来上がったAKI SPRAY PAINT製のギターペイントなのですが、良いアイディアだとは思っていたものの、SNS、特にTwitterでは予想以上の反響を頂きました。

やったかいがあったな~。僕にギターペイントを見せてくれた絵描きさんも、格安でギターを譲ってくれたジモティーの方も、ありがとう…!

繋がる時代を感じるよ。

 

SNSに投降後、自分のギターにも描けますか?というありがたいお問い合せも何件か頂きました。大切なギターをお預かりして、ペイントすることは可能です。ご質問、お問い合わせは各種SNSのDMやメールアドレスなどから、お気軽に~。

 

E Mail : aki_spraypaint@outlook.com

 

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